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シリーズ反骨の人 小出裕章 10/17たね蒔きジャーナル





かんこさんから毎晩送ってきていただいている「たね蒔きジャーナル」
小出裕章特集だったら載せるっきゃないでしょう!

10/17(月)

 永岡です、毎日放送ラジオ「たね蒔きジャーナル」、今日も水野晶子さんの司会、毎日新聞ほっと兵庫編集長の平野幸夫さんの案内で放送されました。今週はMBSラジオのスペシャルウィークで、たね蒔きジャーナルでは「シリーズ反骨の人」を特集します。


事故後、直ちに影響はないと言っていた人はメディアから消えたと、平野さんの指摘がありました。その時に、逃げるべきと一人言われていたのが小出先生であり、今も、様々な発表を小出先生の言葉で説明してもらっている状況です。今日は、なぜ小出先生がこういう人になったのかを聞きます。


 平野さん、辺野古の問題は、日本がアメリカによくやっているとのアリバイ作り、税金の無駄つがいとの指摘がありました。


 原発のニュース、やらせメール問題、佐賀県の古川知事、自分の名前が出たら辞めざるを得ない(再稼働に突っ走っていると思われる)と、委員会の郷原氏に言っていたのです。九電のメモによると、知事が再稼働してくれと言った模様であり、九電と知事の不透明な姿勢や関係と、郷原氏の批判がありました。


 新しい工程表が発表され、年内の冷温停止を目標とすることを国と東電が発表しました。1億ベクレル/時間、これでも先月の半分であり、統合対策室、汚染水漏れの対策をします。ステップ2の後の運営計画を発表しています。メルトダウンした1~3号機が再損傷する確率は5000年に1回と言っていますが、炉心がどうグチャグチャになっているかは不明なのです。仮設冷却を3年行い、その間は大丈夫なのですが、なぜこんなことが言えるのかは不明です。


 保安院はこの計画が妥当か、審査するのです。


 そして、小出先生のお話、その反骨人生に迫ると言うと、断ると言われました(笑)。終戦の4年後上野に生まれ、中学・高校(一貫校)で皆勤であり、60年代、東京オリンピックがあり、広島・長崎の展示を見て、原爆は悲惨と思い、これを平和的に利用したらいいと、マスコミがそう思っていた時代であったのです。


68年に東北大学に入り原子力を学び、3年の時、70年10月、原子力をやりたくて仙台にいて、東北電力が原発計画を発表し、それをこの時は良かったと思ったのです。が、建てるのが仙台ではなく、女川であり、小さな漁港に立てて、仙台に長い送電線を引く計画であり、女川の人がなぜ仙台に建てないのかと言い、その時答えはなく、なぜかと思い、答を探したら、大学では原発はいいものとしか教えてくれないので、大学と離れて勉強し、アメリカで原子力の問題点が発信され始めた頃で、結果、答は、原発は都会では引き受けられない危険を持っているものと知ったのです。学校で教えられたのではなく、自分で知ったものであり、残念で、夢が打ち砕かれたもので、悔しい、複雑な思いで、落とし前を付けたくて、原子力を止めさせたいと思い始めたのです。


大学闘争の時代であり、学問の意味、社会的な責任を考えていた(学生、教員)、学問に問題があり、小出さんに共感する人も出たのです。教授たちと議論して、授業をやらせないようにした、ある教員は、福島原発で絶対安全と発言して、この教授と論議し、小出さんの同学年の人は、全員がこの教授の講義をボイコットし、小出さんの論議に相手は勝てなかったのです。


しかし、大学の研究者は、原発は安全とは思っていなかったのです。学問は細分化され、自分のやるところは分かるが、領域外は分からない、原発の全体像を教員が理解しておらず、原子力を進めるのは、そんなことを言っても家族が、生活があり、国のやることに反対して大学を去れないという教員がいたのです。そこまで言ってくれた人は正直で、何も言わない人もいたのです。


そして、親の期待を背負って大学に来た人もいる、自分の説を曲げて企業に行った人もいるのです。原子力ではなく、土木に行った人もいる、自分の人生を、言い訳を作りながらいたくないと、土木に行って、とび職の親方にまで行った人もいました(今でも女川反対の中心にいる)。小出さん、自分はそうしない、原子力の場にいて、反対する人もいるとして、残ったのです。


小出さんの親は放任であり、自分がこうしたいと決めたら、そうしていたので、親は信頼してくれたのです。生き方が損だと思ったことはないのです。給料は教授より低いのですが、37年助手、最下位にいて、他の大学の人があり得ないと言うのですが、原子力の研究をするなら賛成しないと研究費は来ない、研究費が来ないならそれなりの研究をしたらいい、困ったことはないと言うのです。説を曲げて原子力に反対する思いはなかったのです。


平野さん、組織内の発言力、助教では思う通りにならないのではと聞かれて、京大原子炉実験所は大学であり、基礎学問をやる、ある人は物理、ある人は化学、原子力推進の機関ではない、それを原子力反対のために動かしたいと思ったことはなかったのです。その代り、自分のやることに口出しするなと言える、学問的な嘘を言わない限り、自由にできる恵まれた立場なのです。教授になり、実験所をどうしたいと思ったことはないのです。


リスナーより、小出先生、苦行僧と言うと、誤解である、楽しんでいる、小出先生が迫害されていると思われているかも知れないが、お金で苦労したことはないと言うのです。小出先生、エレベーターを使わないのです。しかし、ホテルでは階段がないのです、不便です(笑)。


伊方の裁判で、敵が圧倒的に有利であり、負けの続く人生(連戦連敗)、悲しい、負けている間は良かったが、いつか事故が起こるからと思い、事故が起こったので、言い争っていた時は良かったが、事実として負けてしまい、言葉に尽くせず無念なのです。


平野さん、若い人が原子力に進む人がいなくなることを懸念していることについて、小出先生に学びたい人はいるかは、原子力は全廃すべきと言っており、しかし、核廃棄物の処理が広島原爆120万個分ある、子孫に負担を100万年かける、何とか、これを後世の重荷にしない学問があるべきと思っているのです。そういう学生に来てほしいものの、小出先生が原子力の夢に思っていた時と、ごみを残して負の毒物しかない時と、このために来てくれる学生がいるか、難しい、しかし、その責任を取りたいと言う学生も来てくれているのです。


 私は、化学に夢を抱き研究生活を進めたものの、その後病魔に襲われて夢砕かれて、今も病気と闘っている毎日です。その中で、小出先生の研究生活に、改めて敬意を表したいです。小出先生、本日は本当にありがとうございました。
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現実対応より現状追認放射線審議会の新被ばく線量基準(10/12東京新聞こちら特報部)

現実対応より現状追認放射線審議会の新被ばく線量基準
東京新聞こちら特報部10月12日
http://blog.livedoor.jp/ryoma307/archives/5101932.html#more

 政府の放射線審議会基本部会が、福島原発事故による汚染状況下での住民の年間被ばく線量上限を法定の1ミリシーベルトから「1~20ミリシーベルト」へ緩和する方針を決めた。
現実対応だというが、子どもや福島原発で働く労働者の被ばく基準を緩和したケースと同様、現状追認が色濃い。そもそも、基準をころころ変えてよいのか。現地の福島では、今後の除染や避難などの賠償への影響を懸念する声が強い。 (出田阿生、佐藤圭)

 「さんざん安全神話を振りまいておきながら、いざ事故が起きると法律は反故(ほご)にされ、1ミリシーベルトを20ミリシーベルトにまで甘くした。日本は法治国家だが、その国家が法律を守らない。勝手に基準を変えるのは犯罪だ」

 京都大原子炉実験所の小出裕章助教は、今回の被ばく線量上限の緩和方針にこう憤る。


 平常時の一般住民の被ばく限度は、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づき、放射線障害防止法などで年1ミリシーベルトに定められている。「どんなに微量であっても放射能は危険だが、ICRPが一応決めたラインが1ミリシーベルト。日本も受け入れた」(小出助教)。

 だが、国は福島原発事故後、さまざまな「暫定値」を場当たり的に打ち出してきた。例えば、食品の暫定規制値は上限が年5ミリシーベルト。福島県の小中学校や幼稚園での屋外活動制限の放射線量は当初、年20ミリシーベルトだった。

 暫定値の根拠は、ICRP勧告に示された「緊急時」の線量限度の年20~100ミリシーベルト。主に原子力安全委員会が暫定値にお墨付きを与えてきたが、妥当かどうかを判断するのは本来、放射線審議会の役割。その法的な手続きも軽視していた。

 同審議会基本部会は、年1~20ミリシーベルトの「中間目標」について「現実的な目標を設けることが効果的な除染につながる」と主張するが、福島県内からは「健康軽視」との声が上がっている。

 子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人の佐藤幸子さんは「現状追認を繰り返している。命や健康を基準に考えるのではなく、すべて経済的な面から判断している」と批判する。

 「政府は現状でも避難区域の指定に消極的なのに、線量が緩和されれば、住民はいよいよ“避難する権利”が行使できなくなる。国は避難費用などの賠償額を少なくしたいのでは。被ばく問題の解決抜きには、みんなの気持ちは一つにならず、復興には向かわない」

 小出助教は、基準値緩和の狙いについて
「1ミリシーベルトを守ろうとすれば、福島県の東半分、宮城や栃木、群馬、茨城の各県、東京都の一部でさえも無人にしなければならないからだ。到底できないから、基準を変えようとしている」と看破する。

 「放射能汚染も被ばくもなくしたいが、どうにもならない現実を説明する責任が国にも東京電力にもマスコミにもある。事故の責任を明らかにした上で、原発を一切止めると宣言することから始めなければならない」

 「原子力推進の立場のICRPの勧告さえ、政府は守っていない」

 福島原発事故後、東電や政府の会見に出席している日隅一雄弁護士はこう断言する。「原子力安全委員会に質問すると、ICRPの低線量被ばくについての見解を否定はしない。だが、ひきょうなことに、国は口先ばかりで、具体的には何の対策もとっていない」

 例えば、「年間100ミリシーベルト以下の被ばくなら健康に影響はない」という一部の専門家や政府、マスコミによって広く出回った言説がある。

 だが、ICRPは「100ミリシーベルト以下であっても、線量とその影響の発生率に比例関係がある」として、防護対策をとるよう勧めている。低線量被ばくで健康被害が出ることを認めているのだ。

 それどころか、原子力安全委の担当者は「年間10ミリシーベルト未満の低線量被ばくでは、がんによる死亡者数増加について具体的な数字は示せない」と答えたという。日隅弁護士は「ICRPの勧告を読むと、死亡者の予測数が出しにくいのは1ミリシーベルト未満と記されている」と明確に反論する。

 「あきれた話だが、それよりいま重要なことは、低線量被ばくでも起きる健康被害をきちんと住民に説明することだ」

 一方、原子力資料情報室スタッフの沢井正子さんは「放射線審議会のメンバーは原発推進の人たちばかりで、反対派の学者も住民代表も入っていない。だから、住民の健康を守るという観点が薄い」と指摘する。

 審議会は学識経験者ら20人で構成。しかし、その性格は中立とはほど遠く、東京電力の関係者までいた。東電福島第一原発の鈴木良男副所長もメンバーの1人だった。

 文部科学省の担当者は「福島原発事故後は審議会に一切出席していないし、今年9月30日付で辞任した」と釈明するが、事故後も委員だったことは間違いない。

 今回、基本部会が合意した被ばく線量の上限について、沢井さんは「机上の空論。基準値を決めるより先にすべきことがある。この地域で生活すると、内部、外部併せて被ばく量は1年でこの程度になるという試算をしなければ。福島には、20ミリシーベルトなんて超えてしまう地域がたくさんあるはずだ」と懸念する。

 ところで、今回の被ばく基準の上限である20ミリシーベルトという数値はどの程度の値なのか。

 冷戦中に米国内で繰り返された核実験の長期的影響を研究し、「人間と放射線」の著書で知られるジョン・W・ゴフマン医師の試算によると、年間20ミリシーベルトの被ばくで1万人のうち80人ががんで死亡。ゼロ歳児は大人の4倍の感受性があり、1万人のうち320人が、やがて致死性のがんを発症するという。

 健康被害の可能性を具体的に住民に説明したうえで、住民とともにメリットとデメリットを検討し、避難の必要性を決める-。ICRPはこうした勧告もしている。

 放射線審議会も数値の設定は「自治体や地域住民の声を尊重することが重要で、地域目標を設けることも可能」とは説いているものの、具体的な方策は示していない。

 日隅弁護士は地域ごとに住民が参加する委員会をつくり、それぞれの地域で基準値を決めることを提言する。

 「放射線への感受性は個人によって違う。年齢構成をはじめ、地域ごとの特性もある。国が住民にきちんと放射線情報を提供し、住民主体で決めていくことが大切だ」

<デスクメモ> 
最近は原子炉のみならず、法治という社会の柱も溶融しているらしい。今回の基準の話もそうなら、先の政治資金をめぐる「推論」判決、基本的人権と矛盾する「暴排条例」にもそれを感じる。

法や原則は歴史がはぐくんだ人の知恵だ。それを目先の利害で軽視すると、やがて大やけどを負いかねない。 (牧)

小出さんに30分独占インタビュー

インタビューの主導権はほとんど相方の「はぐちゃん」という美人の人妻。
なお、私はchitarritaなので読み方は「ちたりた」
(JRの改札口で)

小出さんのネクタイは濃紺だったので「シルマリルのネクタイかも?」と喜んだのですが、美しい綾織の別のネクタイでした。残念。
小出「指輪物語?」 後存知なかった。そらそうです。
ぺんぎんさんもはじめはご存知なかったもの。
ぺんぎんさんもわざわざ「シルマリルリオン」を読まれたくらいだもの。


(新快速に乗り込む)

ちた「9/13のシアターセブンの対決よかったです。昨日あれは『小出さんの発案』と今井さんからお聞きしました」
小出「よかったでしょ?」
ちた「相手が出てくるのか心配でした」

(実は「50禁60禁」説の根底には、政府や東電に食品の汚染度をきちんと測定させるべきだというのが小出さんの説だと私が今井氏と言い合ったことがあったので、てっきり今井氏の発案だと思い込んでいました)

はぐ「小出先生はロリコン(こらこらっ)の噂がたってます。”幼な妻”の話をいっちゃんがされて」
ちた「あれはウソよぉ。ゴフマンの『放射線と人間』を持ってる人は訳者一覧を見て、あっこれは奥様だって知ってますもの、生年月日載ってたし」
小出「同い年です」
ちた「奥様のプライバシー保護のためのいっちゃんの創作だったんじゃない?(笑)」

はぐ「小出先生は酒豪だという噂がたってますが、いつも晩酌はどれくらい召し上がるのですか?」
小出「食事の時に大瓶ビール、風呂上りに最近はウィスキーです」
(ちた、内心で「なーんだ!私とあんまり変わらないじゃない」と思う)

はぐ「一番お好きなお酒は?」
小出「この世の終わりに一本だけお酒を持っていって良いと言われたら、迷わず日本酒を持っていきます」
(ちた、内心で「私はビールを持って行く」)

はぐ「この前の番組に出ておられた松田美由紀さんはおきれいな方でしたか?」
小出「女優さんとは知らなかったです」
(ちた、この番組は文字情報のみ。彼女のことは「呼びかけ人」で名前だけは知ってる程度)

ちた「今日は小出さんにサインして戴いた傘が載った東京新聞を、主催者にお渡したんですが」
小出「どれですか?」
---小出さんのショルダーバッグはA4ジャストサイズ。中身を拝見することになった----
ちた「あっ これです。この記事の傘。みんなムンクのお面かぶって行ったらとってもウケまして、ルモンドとシュピーゲルとボストンにも配信されてました」
小出「どうしてルモンドに載ったというのが分かったの?」
ちた「友人がこれこれに出てたよーっと教えてくれるので(笑)」と自慢。

ちた「先月、いっぱいご本が出版されてましたけれど」
小出「3.11以降”まえがき”や”あとがき”しか書いてないんですよ。」
ちた「子供向けのがありましたでしょ?でも、ふりがな打っていたら子供向きってわけじゃないと思います。内容は難しいと思います。もっと子供のための教科書みたいなのを書いて下さい」(という意味のことを直訴したと思う)

う~ん 記憶がだんだんあいまいになってきた。
ちた「来年2月の茨城県の時に聴きに行きます。YKさんとはメル友なので」などと言っているうちに私の降りるべき駅に到着。
ちた「あぁ残念、ここで降りたくないです(泣)」

ここでインタビューできるなら質問事項をいつも箇条書きにしておくのだったと後悔するも、こんな幸運って人生でめったにないこと。
今井一氏がアンジェイ・ワイダ監督に突撃インタビューされた時ってこんな感じだったのかしら?

それでも、私が最初に小出裕章さんにお会いした5/13の時のブログ記事「なつかしい笑顔」は消してしまったけど、あの時はもう緊張しまくっていたなぁ。
それから思うと、講演会の追っかけももう5回目なのでかなり冷静になっているはず(どこが?)。

自分の質問以外はどこまで追求すべきかわからず、あいまいにしてしまったのが三陸ワカメのこと。ぺんぎんさんには申し訳ないことをしました。

放射能汚染のことや核のことをインタビューすべきなのに、なんてミーハーなんでしょう!と自己嫌悪。

小出さんの「ガレキ受け入れ」という一見「えーっそんな!」と思ってしまう発言の根底には、限りなく無害化するために高性能のフィルターを付けた処理施設を政府や東電が用意すべきである、という主張があるわけです。「50禁60禁」の時と同じ。

頂戴したお名刺は家宝にしよう。仏壇にお供えしました。
プロフィール

ちたりた

Author:ちたりた
Silmaril Necktie から移転



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