スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「食卓にあがる放射能」 河田昌東先生のレジュメ

5/29(日) エル大阪での河田先生のセミナー。

松の葉は針みたいな松葉がこう2つでてるはずでしょ?それが3つになっている報告例とか、菜の花の先っぽにコブコブが出てきたとの声も会場からありましたし、要するに細胞分裂の激しい植物の成長点に放射能が。。。。
福島の乳幼児と妊娠中のお母さんに「逃げろ!」と言いたい!

質疑応答はノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパンさんが要約してくれるのを待ちます。


----------------------------------------------------------------------------

福島とチェルノブイリからのメッセージ

    (NPO法人チェルノブイリ救援・中部 河田昌東)

はじめに

昨年、名古屋で開かれた生物多様性条約締約国会議COPlO/MOP5は、1960年代に始まった世界的な高度経済成長下での環境破壊による生物多様性喪失への危機感がきっかけである。多くの生物資源に支えられ生きている人間にとって、このままでは近い将来人間の存続自体が危うくなる、という共通認識にこの国際会議は支えられていた。また、工業化社会にあって、エネルギーの大量消費による炭酸ガス(C02)排出がもたらす地球温暖化問題もまた同じ危機感で共有されてきた。そうした中、チェルノブイリ原発事故以来、世界的に停滞気味だった原子力発電がC02対策の名目で息を吹き返し、この数年新たなビジネスチャンスとして世界的な推進の動きが活発化し、マスコミも原発があたかも地球温暖化対策の切り札でもあるかのように取り上げてきた。その矢先に起こった3月11日の福島原発震災は、日本ばかりでなく世界の人々に改めて原発が危険な存在であることを思い出させた。福島原発は3ヶ月近く経った今なお地球規模の放射能汚染を続けている。地震国日本に原発は危険、と30年も前から言いつづけてきたが、実際に起こってみるとその影響の激しさに息をのむ。永遠に故郷を失うかもしれない人々の思いと、大都市で電気を享受する市民との距離はあまりにも大きい。このギャップに今こそ私たちは想いをはせ、放射能で汚染された環境の中で今後、どう共に生きていくのかを考えなければならない。


(1) 福島原発震災をもたらしたもの

放射能は巨大地震と津波に襲われた東北地方の人々に、追い討ちをかけるように救援や災害対策を困難にしている。放射能汚染が激しく、放置されたままの遺体を収容できない、等ということを事故前に誰が想像しただろうか。また、これまで多くの学者や専門家も、東海地震による浜岡原発の危険性を語ってはきたが、今回の大地震と津波、それによる福島原発崩壊を想像した人はいなかった。チェルノブイリのような事故は日本では起こらない、という電力会社やマスコミのキャンペーンに多くの国民はひそかに信頼をよせ、地球温暖化対策なら仕方がない、と思い込まされてきた。核と放射能の根源的な怖さを専門家も為政者も軽視し、原子力産業をあたかも日本の技術の誇りでもあるかのように育ててきた。自然を支配し、経済を発展させる事こそが人類に幸福をもたらす、と信じてきたのが近代社会の特徴である。しかし、自然の威力は一瞬にしてすべてを奪い去った。人間の慢心と謙虚さの喪失こそが今回の原発震災をもたらした、といえるのではないだろうか。チェルノブイリ事故から学ぶべきは、炉型の違いや社会体制の違いによる事故の起こり易さを云々ではなく、核事故の本質的な怖さと人間の管理能力の可否であった。


(2) チェルノプイリと福島

4月26日、チェルノプイリ原発事故から25年目を迎えた。低出力運転中に突然暴走爆発したチェルノプイリ原発と、地震と津波による冷却装置破壊の福島原発事故は原因は異なっても生じた放射能汚染の結果は極めて似通っている。チェルノブイリでは10日間続いた黒鉛火災による放出放射能が風の流れるままに向きを変えて拡散し、雨で降下して大地を汚染した。汚染は均一ではなくまだら模様である。放射能はウクライナ、ベラルーシ、ロシアに至る広大な面積を汚染し、遠くヨーロッパをも襲った。ドイツやポーランドばかりでなくノルウェイでも野菜や牛乳は基準をこえて、廃棄せざるを得なかったほどである。
日本でも放射性セシウムは観測され、名古屋大学屋上での測定値は事故前の4000倍にもなった。一方、福島原発は3ヶ月たった今も尚、収束の見通しは立たず、破壊された冷却装置にかわる臨時のポンプで炉心を冷やし続けている。最近になって政府と東京電力はようやく原子炉3基の炉心溶融を認めた。溶けた燃料の一部は、圧力容器を突き抜け、格納容器に流出している、という。今尚、崩壊した炉心から膨大な量の放射能が汚染された蒸気となって外部に出ている。炉心を冷やさなければ再び水素爆発が起こる恐怖のなかで、大量の水を注入すれば、高レベルの放射能汚染水の漏れるままにせざるを得ない、というジレンマに政府左東京電力は追い込まれている。この構況は早くても6~9ヶ月、正確には何時まで続くか誰もわからない。中央制御室の計器も満足に働かず、ブラックボックスの原子炉を想像力で補いながらの作業が続いているのである。1979年に起きたスリーマイル島原発事故は、少なくとも制御室は機能し、炉心内部の状態を把握しながら対応することが出来た。今回は、度重なる水素爆発と火災、高レベル放射能汚水の排出、何より同時に4基の原発が事故を起こしていること等、人類が始めて経験する事態である。チェルノプイリと福島の大きな違いは、汚染面積の違いである。早春の季節で福島の風向の多くは北西方向からだったため、原発から吐き出される放射能の多くは太平洋に流れている。もしこれが夏にかけての南東方向からの風であれば、東北地方に壊滅的な汚染をもたらしただろう。しかし、そのことは同時に太平洋左アメリカ大陸を汚染したことを意味する。実際、アメリカのカリフォルニア州では牛乳に福島由来のヨウ素131が事故後から検出され、ハワイでは福島原発の炉心から飛び出た天然ウラン238が検出されている。福島原発事故は今やチェルノブイリ事故を超えるレベルの事故になりつつある。これまで被害者として同情されてきた日本は今後、高レベル放射性廃液の海洋流出も含め、放射能加害者として海外諸国から非難される可能性すらある。


(3) 過酷な被曝労働

何時終るとも知れない事故対策に、多くの労働者が駆り出されている。政府は今回の事故を受け、労働者被曝の基準を大幅に上げた。燃料交換など通常の被曝限度は50ミリ・シーベルト(mSv)、事故時は1O0mSvだった被曝限度を、250mSvに引き上げた。下請け、孫受けの労働者逮をお金で釣って被曝労働に駆り出している。危険な労働ばかりではない。
彼等は満足な食事も、睡眠も与えられない環境の中で被曝と闘っているのである。チェルノプイリの経験から言えば、彼等の未来は危ういと云わざるを得ない。事故が収束したとしても、その後やってくる病気の長い戦いが待っているだろう。我々は彼等の未来をどのように守ったら良いのか。


(4) 放射能とともに生きる世界

2011年3月11日は、日本と世界にとって歴史に残る日となろう。私たちは否応なしに放射能にまみれた環境の中で暮らしていかなければならない。それは、福島や茨城だけの問題ではない。今後、原発からの放射能もれが止まり本格的な汚染対策がとられることになろうが、それは地面に降り積もった放射能との長い闘いの始まりを意味する。大きな汚染をもたらした放射性ヨウ素131は半減期が8日と短く、放出が止まって3ヶ月もすれば消滅する。しかし、放射性セシウム134の半減期は2年、セシウム137の半減期は30年である。これらは長く土壌にとどまり、そこで栽培される農作物や牧草を汚染し、あるいはそこで暮らす人々の呼吸を通じて放射性粒子(ホットパーティクル)は体内に取り込まれる。こうした汚染がもたらすものは人体の「内部被曝」である。細胞が放射性元素の直近で被曝し遺伝子が破壊される。こうした被曝形態は、チェルノブイリで明らかになった。
ウクライナ国民の総被曝線量は、外部被曝が20~30%、残りの70~80%は内部被曝である。テレピなどマスコミに登場する専門家や広島・長崎の医師らは、100 ミリ・シーベルト(mSv) 以内ならガンや白血病の危険性はなく大丈夫だという。政府は、福島の汚染地域に居住する人々の年間被曝線量基準をICRP(国際放射線防護委員会)の勧告する1~20mSvの上限いっぱいの20mSvとした。福島の子ども達の未来を守れる基準ではない。そもそも、ICRPはこの範囲内で1mSvに近づけることが望ましい、としているのである。こうした甘い基準の根拠は広島・長崎の被曝者の調査による「外部被曝」である。マスコミに登場する専門家達は、100mSv以下ならガンや白血病の心配はない、と公言している。
しかし、私たちがチェルノブイリで見た現実は全く異なる。チェルノブイリの内部被曝ではガンや白血病は生じた病気の一部に過ぎない。ウクライナでもベラルーシでも、事故後に最も多くなったのは、心臓病や脳血管病、糖尿病などの内分秘病、免疫力低下による感染症である。最近の研究で、放射性セシウムは心臓に最も早く蓄積し、そのエネルギー源となる締胞内のミトコンドリアと呼ばれる細胞内小器官の働きを破壊する事がわかっている。外部被曝優先のICRP勧告はこうしたチェルノブイリの被曝の現実を全く無視している。日本政府は事故後急逮、野菜や飲料水、牛乳などの食品の「暫定基準」を決めた。ヨウ素131については飲料水や牛乳などを1Kg当り300ベクレルとし、野菜は2000ベクレルとした。放射性セシウムは、飲料が200ベクレノレ、野菜や肉・魚などの食品は500ベクレルである。暫定基準とはいえ驚くべき甘い基準である。ウクライナ政府は内部被曝を考慮して事故から10年経った1997年に基準を改定した。放射性セシウムの基準を、飲料水がKg当り2ベクレル、野菜も40ベクレルである。日本の暫定基準と比べ、その違いに愕然とする。既に、この基準値以下の汚染した野菜や牛乳、肉や魚は流通網を通じて全国に拡散し始めている。福島や首都圏では、これまで地産地消をうたって産地明記していた野菜などから産地が消え、何処から来たものか分からない状態になっている。子どもを気遣うお母さん達は、これまで避けてきた海外産の野菜をあえて選ぶようになった。被災地を救おう、との善意の消費者も自ら進んでこうした汚染を引き受ける。その結果は明らかである。私たちは否応なしに放射能とともに生きざるを得ない世界に突入したのである。今からでも、やはり原発は核兵器と閉じく人類と共存できない存在だった、と多くの人々が気づき、ライフスタイルの見直しを含めて新たなエネルギー社会を構築し、未来の世代に引き継ぐべき大きな転換期を私たちは迎えているのである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ちたりた

Author:ちたりた
Silmaril Necktie から移転



最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。