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ダイアモンドオンライン「原発」は国会議員に任せるな。国民投票で決めるべきだ!

ロシアのおじいさんの話が好きです。文字おおきくしちゃいました。
そういえば、今井氏は「ウクライーナ」と発音されます。

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「原発」は国会議員に任せるな。国民投票で決めるべきだ!
http://diamond.jp/articles/-/14078

内外の国民投票、住民投票の現場取材を重ねてきたジャーナリスト今井一氏が、『「原発」国民投票』を上梓した。国民投票の意義から実施のシナリオまで解説した興味深い1冊だ。今井氏に、なぜいま日本に国民投票が、そして原発についての国民投票が必要なのか、インタビューした。

――なぜ今、『「原発」国民投票』を書かれたのですか。

「原発」国民投票の必要性については、15年前から主張してきました。当時から、「安保・原発・消費税、大事な問題は議員任せにしないで国民投票で決めよう」と言っていたのです。子ども手当をどうするかとか高速道路無料化のような問題は、議員任せでもいいのです。でも、原発や日米安保条約をどうするか、とか脳死や臓器移植の問題は、あまりにも重大で、議員にゆだねるのはよくないと昔から考えていました。

 私は、長くソ連と東ヨーロッパを取材してきて、ソ連が崩壊する直前から、バルト三国やロシア、ソ連で国民投票を活用しているのを現場で見て、圧倒されてきました。あれだけ主権者の意思を無視してきたソ連が、突然直接民主制で1人1人の人民の意見を聞くのを目の当たりにし、衝撃を受けたのです。

 日本でも、新潟県巻町で日本初の条例制定に基づく住民投票がありました。テーマは原発建設。原発にかかわる住民投票は、巻町のほかに新潟県・刈羽村、三重県・海山町で行われていますが、巻町以降の15年間、日本ではさまざまなテーマで401件の住民投票が行われています。47都道府県で住民投票を経験していないのは、東京都下の自治体だけで、あとはすべて実施しています。

この401件がボクシングのボディーブローのようにジワジワ効いてきて、できるんだという自信が芽生え、直接民主制の魅力がわかる人が増えています。約15年たって、国民投票の実施を望む声が広がりつつあります。

 3月の原発事故が起きてすぐ、私はこれは今書くしかないと思いました。

■日本国民の意思を国家の基本政策に反映したい

 79年に米国スリーマイル島の原発事故が起きた時、スウェーデン政府は、事故直後に立法府である国会と相談をして、原発をどうするかについては国民投票にゆだねよう、国民の皆さんに聞いてみようという謙虚な姿勢を示しました。それを今、日本の政治家も学んでほしいのです。

 私は、とにかく原発は国民投票に絶対かけるべきだと思っています。

 その理由は、3つあります。

 ① 憲法改正との関連
日本の場合、憲法改正は必ず国民投票にかけられます。憲法第96条の規定があって、議会だけでは決められない、「改正の発議」つまり国民への提案しかできないのです。9条にせよ1条にせよ、必ず国民投票にかけて主権者の承認を得なければなりません。
その論理からいけば、原発をどうするかは、例えば憲法9条改憲に匹敵するくらい、この国や人類を左右する重要な問題だから、これは国民投票にかけるべきだと思うのです。

 ② 民主党が出した対案
07年に憲法改正国民投票法が制定されましたが、その審議の終盤で、民主党自身が、「国民投票の対象とするテーマを憲法に限らず、憲法以外の重要な案件、生命倫理の問題とか統治機構の問題、あるいは特に重要な案件ついても国民投票にかけられるようなルールを設定すべきだ」という対案を出したのです。
出しておきながら、党も政府も「原発」国民投票の実施を提唱しない。原発以上に重要な問題、案件はあるのかというと、ないはず。なのに主権者である国民の意思を確認しないというのは、納得がいかないですね。

 ③ 与野党の原発容認
今年の6月12、13日、イタリアで国民投票が行われた時、「日本でも原発国民投票をやろう」という動きが、一時的に盛り上がりました。
ところが、7月になると、「やっぱり原発問題は総選挙で決着をつけよう」という動きが広がりました。菅首相が脱原発を表明し、脱原発の民主党か原発推進の自民党かを総選挙で決めたらいいという声が上がったのです。
8月になって、民主党の代表選挙があり、候補者5人が名を連ねましたが、全員が原発容認です。となれば、誰が党代表になり内閣総理大臣になっても、自民党ははっきり原発容認の立場をとっているのですから、与党も野党も政府も原発容認です。総選挙で決着をつけようにも、我々の民意が反映されるわけがないのです。

 一番わかりやすいのが東京1区です。

 東京1区は、前の選挙で海江田万里氏と與謝野馨氏が大激戦しました。海江田氏は小選挙区制で当選し、與謝野氏は復活しましたが、後に、與謝野氏が自民党を離れて両人とも閣僚入りしました。

 東京1区は、民主党の海江田氏、民主党に近いところにいる與謝野氏と、自民党候補者と、3人とも原発容認で、小選挙区制は1人しか通らないとすると、民主党あるいは自民党が好きでも原発はイヤだという人は、どこに投票したらいいのでしょうか。自民党が好きだからと、つい入れてしまったら、間接民主制で原発容認ということになります。民意と議会の多数意思の間にねじれが起きるのは、もう間違いないことです。それはよくないと思うのです。

 私は、国民の多数が原発容認で行くというのなら、それでいいと思っています。脱原発で行くのなら、それもいいと思います。私が求めているのは、主権者の意思が国家の基本政策に反映されることです。されていないというねじれに、私はたまらなくガマンができないのです。それが、この本を書こうと思ったキッカケであり、15年前からの変わらぬ思いなのです。

■ロシアの老人の言葉に感動する

――今井さんは、ロシアの国民投票も取材なさっていますよね。

 エリツィンがゴルバチョフを引きずりおろして実権を握り、ロシアの大統領になっても、国会議員は相変わらず共産党が多数を占めていました。エリツィン自身は社会主義をやめて資本主義に移りたいのに、議会に共産党が多くて自分の思うとおりにならないことから、国民投票で国民に問うて決めようとしたのです。「社会主義をやめて資本主義に行くことについて賛成するかどうか」とか合計4つの項目について、それぞれダー(賛成)・ニェット(反対)で答えてくれと言いました。

 1993年だったと思うのですが、私はこの国民投票を現場で取材していました。投票結果が出た直後に街頭へ飛び出し、こんな結果が出ましたとモスクワ市民に見せました。「これではエリツィンがのさばる」、「これなら共産党はまだまだくたばらない」等々、いろいろなことを言う人がいました。

 当時、年金生活者はお金が全く入らない状態です。食べていくために、自分の持ち物をお金にかえる人たちが多かったのです。氷点下の気温の中で、立ったまま、震えながら時計を売っている70歳ぐらいのおじいさんに、「こんな結果が出たけど、どうですか」と聞いたところ、「どっちだっていい」という答えが返ってきました。「どっちだっていい」を、私は「関心がない」と言っているのだと解釈したのですが、通訳によく聞くと、それは違うということがわかりました。

 おじいさんは、「結果はどっちだっていい。大事なことは、オレたちに決めさせてくれたことだ。自分はこの国に生まれて70年になるが、大事なことは全部共産党と政府のお偉方が決めてしまった。そして責任は一切とらなかった。今回初めて資本主義に行くのかどうかをオレたちに聞いてくれた。それがうれしい。そこが重要なんだ」と言ったのです。私はそれに感動して、やっぱり国民投票はいい、ぜひこういうことについて本を書きたいし、取材もしたい、調査もしたいと思ったのです。

■原発事故で国民投票のコンセンサスが広がる

 そうこうしているうちに、96年に日本でも巻町で住民投票がありました。それを皮切りに、翌月には沖縄で県民投票があり、岐阜県・御嵩町での産廃処理施設の問題についての投票がありました。住民投票は401件行われているのです。

 正直申し上げて、最初に巻町に取材に行く時に、「なんだ」という気持ちがありました。「オレはバルト三国の独立の是非を問う国民投票や、ソ連邦解体の是非、ロシアの社会主義から資本主義への転換の是非など、歴史的な国民投票を取材してきたんだ。こんな巻町なんて、聞いたこともないような小さなところの原発の住民投票など全く関心がない。オレは国民投票を取材したいんだ。書きたいんだ。こんな住民投票なんて」と思ったのです。

 ともあれ人の勧めもあって、新潟県・巻町に行くことにしました。人口規模はロシアとかソ連とは全然違います。ところが、行ってみて、巻町の人々の住民投票にかける思いや勉強熱心さにびっくりしました。自分たちの町に原発をつくるかどうかについて、一生懸命勉強して議論をしているのです。住民投票も捨てたものではないと感動し、全国で行われている住民投票を取材して、『住民投票―観客民主主義を超えて (岩波新書)』という 本も出しました。

 その後も、国民投票の思いは、ずっとありました。住民投票もいいけれども、やっぱり国民投票をやらないとダメだという気持ちを持ち続けていたのです。NHKや朝日新聞の世論調査でも、大事なことは議会任せにしないで、国民投票にかけたいという人が8割前後います。にもかかわらず、実施されないのはなぜだろうと、悶々としていたのです。

 そこへ3月に地震と津波と原発の事故がありました。そのあとの政府の対処の仕方を見ていると、この人たちに原発のことを任せたり、ゆだねたりしていては、この国は終わってしまうという思いがますます強くなりました。これは国民が自分たちで情報網をつくり、自分たちで議論し、自分たちで結論を出さなくてはいけないという強い意思表示が必要だと感じたのです。

 あちこちの講演会に招かれて参加者の声を聞くと、「原発のことは自分たちで決めたい」「議員に任せたくない」「保安院なんてとんでもない」と言います。「主権者が自分たちで決めて、自分たちで責任をとりたい」と、みんなが思い始めているのです。

 日本人は、この原発事故をキッカケに、15年前のロシアで時計を売っていたおじいさんの気持ちをようやく抱き始めたという手ごたえを感じています。

■海外の国民投票の実態

――EUでは、数多くの国民投票が行われていると聞きます。

 90年以降、私は数多くの国民投票を調査・研究してきましたが、実際に現地に足を運んで取材した最近の事例を紹介すると、EU憲法を批准するかどうかの国民投票が、フランスやオランダで実施されました。また、スイスでは、女性に対する凶悪で暴力的な性犯罪者の処遇を厳しくすべしという、イニシアティブ(国民からの発議)による国民投票も行われています。

 現場に行って印象的だったのは、フランス大統領みずからが「EU憲法批准に賛成してほしい。賛成しないと、フランスはヨーロッパのリーダーの地位から脱落する。ドイツにその地位を譲らなければいけなくなるから、絶対に賛成票を入れてくれ」と、投票日の2日前にわざわざTVに出てきて言ったにもかかわらず、反対多数になったことです。その5日後に行われたオランダでも、反対多数になりました。

 スイスでは、議会と政府が「犯罪者とはいえ厳しさにも限度がある。刑務所から出さないようなことをしたら、ヨーロッパ人権同盟からスイスは離脱せざるを得ない。ここは冷静に反対票を投じてくれ」と訴えかけましたが、賛成票が多数を制しました。

 スイスは、この時、上記のテーマもあわせて4つの項目について国民投票を実施しています。議会と政府は、「賛成・賛成・賛成・反対」と投票してくれと言ったのに対し、国民は、「反対・反対・反対・賛成」と、全く真逆の意思表示をしました。開票直後、記者会見に現れた大統領、法務大臣、総務大臣に対して、ある記者が「政府の要望・方針に対して、国民は全部ノーを突きつけた。これに責任を感じないのか」と質しました。これに対して大統領は「何が問題なんだ。全く問題はない。我々はこうしてほしいと言った。しかし国民は全く逆の答えを出した。我々は、今日から主権者が言ったとおりにするだけだ」と返しました。これがスイスの直接民主制です。「政府と議会は、一応提案はしたものの、最終決定権は国民にゆだねている。国民がノーと言ったら、ハイわかりましたで済むことだ。これを問題だという君らのほうが何もわかっていない」と言ったのです。これはすごいと思いました。

 パリでも、EU憲法批准については、インテリと呼ばれている人たちはみんな賛成派でした。都市の労働者もみんな賛成です。反対派の多数は、地方に住んでいる農業をやっていらっしゃる方、工場の労働者といったブルーワーカーです。パリ第一大学の先生で、同志社大学でも教べんを執っているアンヌ・ゴノンさんは、絶対賛成だと言っていました。ところが、結果は反対多数です。

 私はゴノンさんに、「今回の国民投票実施は大統領や議会にとって義務ではなかったし、議会も多数なのだから、わざわざ国民投票にかけないほうがよかったと、あなたは思っているのでは」と聞きました。 「それは違う」というのがゴノンさんの答えでした。「フランス憲法には、その第3条に、フランス人民は選挙と人民投票によってその主権を行使する旨、書いてある。だから、議会と大統領が決めるだけではなくて、こんなに大事な問題を人民投票で決めたのは間違いではない。ただし、今回の結果について、私は今でも自分のほうが正しいと思っている。それはそれ、これはこれ。自分の思うとおりにならなかったからとか、自分が正しいと信じている結果が出なかったから、国民投票をやらなかったほうがいいとは、私は思わない」と言うのです。

 スイスの大統領とアンヌ・ゴノンさんの境地に、日本の政治家や言論人が立てるかどうかです。7月21日、中川正春、櫻井充ら数人の衆議院議員と参議院議員によって「原発国民投票議員連盟」が発足しました。ところが、そこの会合に出席した原発容認派の議員の中には、今やったら原発反対が多数になると二の足を踏んでいます。一方、脱原発派の人たちも、今やったら脱原発派が負ける、つまり原発推進派が多数をとる気がして怖い、危険だと言います。自分にとって有利で、自分の思うとおりの結果になるなら国民投票は賛成、そうならないなら反対という意見を言う人が、原発推進派にも脱原発派にも多いのです。そこを乗り越えてほしいのです。

 脱原発運動をやりたければ、いくらでもやればいいのです。市民自治の観点や国民主権の観点で、どちらが現状で有利か不利かを超えて、この制度を導入しよう、国民投票を実施しようという気持ちに、ぜひなってほしいのです。『「原発」国民投票 』を読んでいただけると、そうなっていただけると思います。

■国民投票は難しいことではない

――どうすれば、日本でも国民投票が行われるのでしょうか。

 国民投票は、やろうと思えば簡単にできます。国会で、憲法以外の一般的案件を対象とした国民投票法を制定すればいいのです。日本は、残念ながら住民投票法がありません。住民投票を実施したい自治体は、それぞれに住民投票条例というルールをまず制定しなければならないのです。

 でも、議会はこの条例になかなか賛成しません。それでも条例が制定され401件の投票を実施したのです。

 国民投票になると、今度は住民投票条例ではなくて、国民投票法を制定することになります。今、国民投票を実施したいと思う議員は恐らく1割もいません。法律が通る可能性、制定される可能性は今のところ低いのです。

 しかし、刈羽村、巻町、徳島といった自治体は、最初こそ住民投票条例の制定に賛成する議員はごくわずかだったのですが、住民の声が上がることで、最後は過半数をとっています。

 今は1割しかいなくても、国民が声を上げ、何らかの形で立ち上がって行動を起こせば、衆参両院で国民投票法が制定され、実施される可能性があります。実際に、世論調査では8割前後の人が国民投票で決めたいと思っているのです。国民の声次第です。

 この本の「まえがき」では、この本を出したことによって、たくさんの人が国民投票を理解し、国民投票が実現されることを願うと書きました。これを読んだ人が、理解するだけでなく、国民投票が実現されるために本当に行動してくださることを願ってやみません。

著者:今井 一(いまい はじめ)
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