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脱原発の国民投票をめざす会

弁護士の河内謙策氏については、たしか玄海の時にメールが転送されてここまで流れてきたので覚えております。


IK原発重要情報(31)[2011年9月2日]

 私たちは、原発についての情報と脱原発の国民投票をめざす市民運動についての情報を発信しています。よろしく、お願いいたします。(この情報を重複して受け取られた方は、失礼をお許しください。転送・転載は自由です。)

弁護士 市川守弘、弁護士 河内謙策

連絡先 〒112-0012 東京都文京区大塚5丁目6番15-401号 保田・河内法律事務所(電話03-5978-3784、FAX03-5978-3706)
Email: kenkawauchi@nifty.com

脱原発の国民投票をめざす会 http://2010ken.la.coocan.jp/datsu-genpatsu/index.html

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      脱原発の国民投票についての2つの疑問

 脱原発の国民投票をめざす会が進めている、脱原発の国民投票について、「諮問的な形の国民投票でも良いのではないか」「各地の原発運転再開につき住民投票をするのはどうか」という疑問が寄せられましたので、以下のとおりお答えしたいと思います。

 まず「諮問的な形での国民投票」については、私たちは国民投票の結果につき法的拘束力を否定するという意見には賛成できません。
 マスコミは無視を決め込んでいますが、国民のなかで国民投票についての議論が少しづつ盛り上がってきていますので、そういう意見を時々聞きます。ネットでは、以下の意見が見られます。
http://nikkan-spa.jp/37486
http://nikkan-spa.jp/37607

 しかし、なぜ、「諮問的な形」がいいのか、理由は良く分かりません。「諮問的な形」だと冷静な議論ができる、という保障はありませんし、私に言わせると「日本人は冷静すぎるほど冷静」なことがむしろ問題なのではないでしょうか。また、法的に拘束力ある形では国会を通過するのが難しいという人もいますが、国会の人数あわせのために「諮問的な形」にするというのは、本末転倒だと思います。「諮問的な形でも国会議員は国民の多数の声を無視できないから問題ない」という人もいますが、そのような意見の人は、国会議員がどれだけ国民の意見を無視してきたのか、過去の歴史をご存知なのでしょうか。制度というものは、あいまいな形でつくるべきではありません。
 国の制度は、一度つくると修正するのが困難です。したがって、思い切って法的拘束力のある国民投票制度をつくらないと悔いを千載に残すことになるでしょう。

 次に、原発の設置や運転再開を住民投票で決めることについて。
 先日のNHKの市民討論でも、そのような意見が表明されていましたが、問題は二つあります。
 一つは住民投票権者の範囲です。ご存知のように、現在設置されている原発は、隣接自治体と安全協定を結んでいます。その安全協定対象自治体は、原発周辺10キロの自治体です。“10キロ”という法的根拠はありませんが、原子力安全委員会の定めている「原子力防災指針」に倣っているようです。
(原子力防災指針については、以下のすぐれたサイトをぜひ参照してください。
http://homepage3.nifty.com/ksueda/bousaisisin.html  )

今度の泊原発3号機の運転再開問題でも、北海道知事は安全協定を結んでいる4か町村の意見を聞くだけで十分としていましたが、これについてはきびしい批判が寄せられたことは周知のとおりです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/312475.html

注目すべきは、これは全国的な、革命的な(!)流れだということです。たとえば、関西広域連合が関西電力と安全協定を結ぼうとしたり、玄海原発について長崎県で説明会が行われたり、伊方原発について大分県から文句が出たり………(このことは、従来の地方における脱原発運動にも大きな問題提起になっていると思います)。したがって、県レベルの住民投票条例をつくる場合は、投票権者の範囲を思い切って広げる必要があると思います。
 もう一つの問題は、憲法との関係で、地方自治体の条例で、どこまでできるか、ということです。
 各県知事が、原発の運転再開にあたって、住民投票を行い、その住民投票の結果にもとづき同意か否かの見解を表明しなければならない、というのは適法と思いますが、各原発設置企業は、住民投票の結果が不同意の場合に原発運転を再開してはならない、という条例は憲法違反の可能性があるので慎重に検討すべきでしょう。
 いずれにしろ、全国的な国民投票と別に、各自治体でそのような条例をつくるということについては、私たちは賛成です(ただし、私たちの会の力からして、今の時点で、私たちの会が、国民投票とともに地域の住民投票について積極的な旗振りをするのは困難です。ご理解ください。)。

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                         以上

(ナマ中継)ニコニコ動画 「原発」国民投票、やるべし、やれるよ、やりましょう!

水道橋へ行けない方のために動画配信があるようです。

でも、できることなら行ってみてください。
ビールもシンポジウムも生がいい!

(ナマ中継)ニコニコ動画 「原発」国民投票、やるべし、やれるよ、やりましょう!
http://live.nicovideo.jp/watch/lv61506994?ref=top

「原発・国民投票」座談会 飯田哲也×杉田敦×マエキタミヤコ×宮台真司 (番組ID:lv61506994)

【会場のご案内】2011/08/27(土) 開場:12:20 開演:12:30

「原発」をどうするかは みんなで決める!
飯田哲也×杉田敦×マエキタミヤコ×宮台真司
徹底討論 生中継


「原発」をどうするのか。
この問題を行政府や立法府に任せずに、
主権者である一人ひとりの国民が決定権を持つことを提案している
市民グループ『みんなで決めよう「原発」国民投票』の座談会を生中継。

5人の呼びかけ人が、
なぜ「原発」国民投票をすすめるのか?
「原発」国民投票の意義は何なのか?
国会が認めた公式の「原発」国民投票を実現することは可能なのか?
縦横無尽に語り合います。


 座談会 概要:
【1】私たちの未来を議員や官僚に委ねてはならない
 ○これまでの政策の決まり方、「原発」利益共同体について
 ○市民たちの無関心や無視はどう機能したのか
 ○政治エリートたちに任せられないのはなぜか
 ○国政選挙で争点化するのではだめなのか


【2】国民投票=ポピュリズムという批判をどう考えるか
 ○住民投票の経験~諸外国の実践例から~
 ○投票までのプロセスをどの様にして意味のあるものにするか
 ○「投票して終わり」にならないために、どうするか


【3】「原発」国民投票は日本社会をどう変えるか?
 ○エネルギーシフトにとっての国民投票の意味
 ○新しいエネルギーと、新しいデモクラシー
 ○日本のデモクラシーにとっての意味


【4】国民投票はどうすれば可能か
 ○世論の盛り上がり、法律制定


 出演:
 飯田哲也(環境エネルギー政策研究所 所長)
 杉田敦(政治学者、法政大学法学部教授)
 マエキタミヤコ(「サステナ」代表)
 宮台真司(社会学者)
 今井一(ジャーナリスト・「原発」国民投票 (集英社新書)著者)

 みんなで決めよう「原発」国民投票HP

【Twitterをご利用の方へ】
ハッシュタグは「#niconico_news」をご利用ください。

新潟県「巻町」について

今日は担ぎ込まれた病院へ治療費を支払いに行きました。
場所が分からなくて迷子になってタクシー拾いました。
行きは救急車、帰りは覆面パトカーなもんで地下鉄降りたらどっちいったら良いのかさっぱりでした。

さて、あの原発反対の住民投票で有名な新潟県巻町のことについて、私はあまりにも知らないことが多すぎます。

10日ほど前、ひょんなことで小田原のイベント用のデータが要るとのことでno nukes asia forum japan(NNAF)の過去15年分くらいのデータを送ったことがあり、本当にアジアの反原発の方は「巻町」を注視していたのを知りました。私は3.11以降の反原発なのでもちろん存じ上げませなんだ。

というわけで「巻町」のことを書いてあるところ集合。

http://uxtv.jp/blog/marudori/tokuho_answer/2011/08/post-91.html
8月6日放送 旧巻町住民投票から15年

http://journalism.jp/works2006/2007/02/post_8.html
WORKs 2006 2006年度ジャーナリストコース受講者の作品
「消えた町 〜 巻町最後の十年 〜」(山下 祐司)

http://blogs.yahoo.co.jp/kazuya_a15/52071878.html
“脱原発”で、新潟県巻町に学べることは多いかもしれない

http://hatanaka.txt-nifty.com/ronda/2011/02/deliberative-de.html
巻町の住民投票とdeliberative democracy(備忘録)

平成13年度「地方議会と住民投票」~21世紀、地方自治の前進をめざして~
(シンポジウム委員会)
http://www.kanto-ba.org/sympo13/3shou/03-01b.htm
1 巻町 (新潟県) 原発建設

http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%82%92%E6%8B%92%E3%82%93%E3%81%A0%E7%94%BA%E2%80%95%E5%B7%BB%E7%94%BA%E3%81%AE%E6%B0%91%E6%84%8F%E3%82%92%E8%BF%BD%E3%81%86-%E6%96%B0%E6%BD%9F%E6%97%A5%E5%A0%B1%E5%A0%B1%E9%81%93%E9%83%A8/dp/4000006509 「原発を拒んだ町―巻町の民意を追う」著者:新潟日報報道部 出版社:岩波書店 
8900円だったのが4000円になったので古本購入しました。
パキパキ姐さんずSちゃんは図書館で借りたとのこと。
闘う賛同人ケー氏に読ませています。あたしゃ 教育係かいな?


元漫才作家Y氏の記事

年取ってどうせ入るならこんな楽しみのある老人介護施設に入りたいもの。

原発・国民投票の賛同人Y氏はいつも玄人っぽい文章を書かれるので検索したらわかっちゃうものです。Y氏は現在神戸新聞で毎月第2、4水曜日に『ささえびと─笑顔を引き出す介護力─』を連載中とのこと。
播磨の人は読めるからええなぁ。うちら読まれへん。
元漫才作家がなぜ老人介護の道を選ばれたのか、こっそり調べてみました。

神戸新聞
http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/kurashi/200901egao/01.shtml
連載・特集くらしあの笑顔を求めて 元漫才作家の震災14年(上)避難所で

あの笑顔を求めて 元漫才作家の震災14年

(上)避難所でひげ面が、ほころんだ(2009/01/16)

元漫才作家の山口浩司さん(右:写真省略) ケアの質の向上に知恵を絞る毎日だ=西脇市、楽寿園

 暖房の効いたフロアには氷川きよしの「きよしのズンドコ節」が流れていた。西脇市の特別養護老人ホーム「楽寿園」。新年最初のふれあい喫茶のメニューはお汁粉。入居者が育てたサツマイモ入りだ。

 皆が笑顔で箸(はし)を進める。「ごちそうさん」。上機嫌で歩行器を押す後ろ姿に、生活相談員の山口浩司さん(38)=多可町=はささやかだが確かな手応えを感じていた。

 三十二歳でこの業界に飛び込むまで、山口さんがいちずに打ち込んだのは「お笑い」だった。

 同級生との漫才コンビで先生も爆笑させた高校の文化祭。サラリーマンを経て一九九一年、二十一歳で大阪へ。芸人ではなく漫才作家を目指し専門学校に通い、「漫画トリオ」で一世を風靡(ふうび)した青芝フックさん主宰の若手芸人の勉強会で腕を磨いた。「おもろい話を作ったる」と走り続けた。



 「被災地で公演ができないか」

 一九九五年一月末、大阪・梅田。勉強会の事務局でアルバイトをしていた山口さんはフックさんから提案された。新聞やテレビは連日、阪神・淡路大震災の被災地の様子を伝えていた。

 「どないしょうか」

 神戸や西宮の避難所を訪ね歩いた。学校の廊下に敷かれた布団、段ボールでの仕切り、そして生気を失ったお年寄り。西宮市内の小学校と交渉して、内諾を得た。「傷つく人もいるかもしれない」。避難所の自治会長の言葉が心にひっかかった。「責任は取ったる」とフックさんが話をまとめた。

 二月半ば。再訪した体育館は前よりも沈んでいた。出口の見えない生活に疲れ、頭まで布団をかぶった人もいた。「こんな場所で漫才なんて」。山口さんは逃げ出したくなった。

 フックさんはプロだった。子どもをステージに上げ、クイズで場の空気を和ませる。子どもが笑うと、客席の親の表情も緩む。つられて周囲も。布団から五十歳前後の男性が顔を出し、ひげ面をほころばせていた。

 若手漫才師も持ちネタを懸命に演じた。笑い声が体育館を包む。山口さんも舞台脇で一緒に腹を抱えた。熱いものがほおを伝っていた。

 二カ月後、公演を見ていた男性から礼状が届いた。

 〈絶望で生きていく自信もなかったが、あの公演で子どもの笑顔を見て、もう一度、昔のように一家団らんで笑いたいと思えるようになりました〉

 公演翌日から職を探し、無事仕事も住まいも見つけたことを、手紙は伝えていた。

 「こういう仕事ってええなあ」。何度も手紙を読み返した。



 公演翌日から、山口さんは普段の生活に戻った。フリーの立場で仕事を懸命にこなした。二十代後半、夢路いとし・喜味こいし、ちゃらんぽらんらの漫才台本を手掛けた。情報番組や演芸の特番の構成などの仕事も入り始めた。

 漫才作家としてある程度名前が売れたが、何か満たされない。あの感動を超えるものがない。気が付くと、避難所の慰問公演のことばかり考えていた。

 「目の前の客にこだわりたい」と、舞台での過激な笑いを追求した時期もあったが、悩みはいっそう深まった。

 テレビの仕事を断った駆け出し作家に、活躍の場はおのずと限られる。「自分だけにできる表現って何だろう」。仲間と酒を飲んではくだをまく。そんな時期が四、五年続いただろうか。

 長いトンネルを抜け出すきっかけは、偶然見たテレビ番組だった。



 華やかな演芸の世界から、高齢者介護の現場へ。震災で生き方を変えた元漫才作家の十四年間をたどる。

(溝田幸弘)

(2009/01/16)

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HOME連載・特集くらしあの笑顔を求めて 元漫才作家の震災14年(中)介護職場に転身
あの笑顔を求めて 元漫才作家の震災14年

(中)介護職場に転身お年寄りの生きる力に
職員と一緒に絵馬づくり。「今年のお願い事は何?」=西脇市、楽寿園

 二〇〇二年、漫才作家として山口浩司さん(38)は行き詰まっていた。

  阪神・淡路大震災間もない一九九五年一月末、西宮市内の小学校を笑いで包んだ感動を、テレビや舞台で再現できない。「どうすれば人の心を動かす表現ができるのか」。ゲームのシナリオ制作も試みたが、答えは出なかった。

  六月下旬、何げなくつけたテレビのドキュメンタリー番組は、福岡県のある病院の取り組みを伝えていた。お年寄りの願いをかなえ、生きる力を取り戻そうとする試み。寝たきりだった男性が数カ月のリハビリに耐え、阿蘇山で写真を撮影していた。その笑顔が避難所の人たちのそれと重なった。

  「こんな笑顔を引き出す仕事がしたい」

  翌日、兵庫県内の介護施設に電話をかけまくった。ある特別養護老人ホームがパートを募集していた。親しい知人にだけ伝えた転身。二〇〇二年七月だった。



  トイレや入浴、食事の介助。初めて知る介護の現場。時間は瞬く間に過ぎた。

  半年がたち、周囲が見え始めたある日、手品を披露した。ハンカチを消す簡単なネタだったが、食堂は結構わいた。

  翌日の夜勤、女性のおむつの交換中、突然話しかけられた。普段は簡単なあいさつを交わす程度。「あんたの手品、面白かったなあ。もっとしてほしいわ」

  思いがけずお笑いのネタが役立ったことがあった。寝たきりの男性におむつを交換しながら、ふと「ダイマル・ラケットって知ってます?」と聞いてみた。いつもは「うん」「はあ」だけの男性が、「あわび!」と即座に答えた。このぼけは、爆笑王の異名をとった中田ダイマル・ラケットの十八番(おはこ)。驚いて詳しく聞くと、お笑いが好きで若いころは寄席に通い詰めたという。

  「漫才を見せたら、喜んでもらえるかも」。以前、台本を書いたこともある夢路いとし・喜味こいしのビデオ上映会を開いた。あの寝たきりの男性は最前列で、ほかの入居者が笑い転げる中、ずっと下を向いていた。心配した山口さんが終了後に「しんどかったでしょう」と気遣うと、絞り出すような声で「いとこいはやっぱりうまいなあ」。じっくり聞き入っていたのだ。

  山口さんは男性の枕元にラジカセを置き、落語を流してみた。やがてベッドから笑い声が聞こえるようになった。

  「こちらから働きかければ笑ってくれる」。手応えを感じた山口さんは、職員やボランティアと「お笑い倶楽部」をつくった。



  旗揚げ公演は〇三年九月。アコーディオンを使った音曲漫才に一人芝居、日本舞踊などを披露した。

  翌月開いたメンバーの会合で、「うまくできなかった」「よそでは受けたネタが受けなかった」と反省の声が上がると、九十七歳の入居者が「みなさんにはずっと素人でいてほしい」と首を振った。

  「うまい芸を見せられて終わりではなく、失敗したのを『あんた、下手やったなあ』と、後で一緒に笑いたい」

  ハッとした山口さんは、公演後に出演者が入居者と談笑する時間を設けた。「上手やったね」「面白かったよ」。舞台衣装の出演者とお茶を囲み、お年寄りが和やかに話しかける。その光景を見ながら、「日常生活の中での笑い」を提供したいという思いが強くなっていった。

  〇四年から勤める西脇市の「楽寿園」で、山口さんの取り組みが始まる。

(溝田幸弘)

(2009/01/17)


震災14年
バックナンバー
(中)介護職場に転身お年寄りの生きる力に(2009/01/17)
(上)避難所でひげ面が、ほころんだ(2009/01/16)

ラトビア、国民投票で国会解散 財閥支配にノー【共同通信】7/24

WarszawaExpress 今井一
ラトビア、国民投票で国会解散 財閥支配にノー - 47NEWS http://t.co/rEarqkX◆日本にもこうした国民投票制度を導入すべきです。
59分前 » WarszawaExpress 今井一

ラトビア、国民投票で国会解散 財閥支配にノー

【モスクワ共同】バルト3国の一つのラトビアで23日、汚職疑惑が持たれた有力財閥経営者の議員の捜査を国会(定数100)が阻んだことを受け、国会解散の是非を問う国民投票が行われた。中央選挙管理委員会は24日、開票を終え、解散賛成が94・30%だったとの結果を発表した。投票率は44・73%。

 有力財閥が政治を支配することに対する国民の怒りや懸念が示された形。国会は解散が決まり、前倒し総選挙が行われる。投票日は9月17日が有力視されている。同国は昨年10月に総選挙を行ったばかりだった。

2011/07/24 19:50 【共同通信】
プロフィール

ちたりた

Author:ちたりた
Silmaril Necktie から移転



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